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2016.06.30

誕生日に思う

F7


私事ながら本日(もう昨日だが)は誕生日だった。
ちょうど、私の祖父の他界した年齢となったわけである。
画像は晩年の祖父。死去する数年前の写真である。

当時、祖父は公立病院の院長をしていて、定年まで後わずかだった。
定年後は祖母とともに山間地の無医村に移り住んで小さな診療所でもやろうと考えていたようだ。
渓流釣りを趣味とする祖父にとって、それはまさに理想の老後になったことだろう。
しかし、病魔はそれを許さなかった。定年を迎える前に病に倒れ、現役のまま没してしまったのである。

当時小さかった私はいつも遊んでくれた柔和な祖父が、物言わぬ骸となったことが理解できなかった。
いわれるままに参列した葬儀では、だから泣かなかった。ただ、最後の納骨で祖父の骨壺が墓下に収められるとき、ああ、これで祖父とはもう本当に会えないのだ、というのが実感として迫ってきて、「お墓に入れないで」と初めて泣きじゃくった。
このとき,初めて(人の命には限りがあるのだ)というのがわかった気がする。

それからの人生は、いじめられて引きこもりなったり色々あったが、あまり自殺することなどを考えなかった。それは、いつの頃からか(せめて祖父の歳までは生きてみよう)という決心のようなものが心に生まれていたからだ。

そして今日、祖父と同じ歳となった。苦学して鉄門を出て、朝鮮に医者として赴任したところを現地応召され、ソ連参戦でシベリア抑留の憂き目にあいながらも無事生還、その後国家試験を受け直して医師に復帰し、外科手術の分野で医学上の貢献までした祖父に比べ、のんべんだらりと日々を過ごしてきた私の人生など、客観的に見れば万分の一の価値もないものなのかもしれない。だが、それであっても、今日までの人生があったことに心底ほっとしている自分がいるのだ。

さすがに身体はあちこち故障だらけで無病息災とはいかなかったが、それでもこうして祖父の歳を越えられたことで充分である。これからは、いわば私の余生である。今後は健康に気をつけて、せめてあと10年、社会的活動を継続していきたい、そのように思っている。

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